わしはこの家の精じゃ。この家に命を吹き込み、この家の暮らしを見守ってきた。さあ、せっかく来たんじゃ。ちょっと年寄りの話に付き合ってくれんかな。
わしが生まれたのは、江戸時代の終わりのころじゃな。わしはいろいろな工夫を施されて作られておる。
松茂は、三角州を干拓して生まれた土地じゃ。だから、土地と海の高さがほとんど同じでのう。水はけも悪いし、洪水にも弱い。そういうわけで松茂の家々は、堤防沿いの小高い土地に建てられていた。
下の図は、この家の間取りじゃ。ほれ、玄関から入って右側にヒロシキというところがあるじゃろう。
それはこの家の倉庫のようなもので、この家の家族はそこに味噌や醤油を保管しておった。
さて、玄関から入ってウチニワをすぎるとカマヤがある。今でいう台所じゃな。ここにもいろいろな生活の工夫がされておる。
昔は、ご飯も大きな釜で炊いておった。煙がボウボウ上がってな。ほれ、カマヤの入口が少し低くなっているじゃろう。「煙返し」といってな、上にあがった煙が、他の部屋に行かないようにしているんじゃ。
それから、天井には窓がついていて、ここから煙を逃がしたんじゃ。この窓は「天窓」といってな、煙を出すだけじゃなく、太陽の暖かい光を入れ、質素な食卓を明るく照らしたりもした。
それともうひとつ、「無双窓」というのがある。松茂のように台風がよくやってくる土地では、風を防ぐにも工夫がされておる。閉めれば一枚の板張りのようになって、雨や風をふせぐのじゃ。
いかがかな。わしたち「昔の家」は、人々の生活を支えるさまざまな知恵が集まって作られていたんじゃ。
今日は、わしの話を聞いてくれてありがとう。またいつでも寄っておくれ。
わしはまた誰かが訪ねてくるまで、目を閉じていよう。 |